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2010年9月14日 (火)

昔の羽田の輻輳した魅力を語る

先日の外環ツアーに参加したときに、相談所で航空写真を見ながら話していたら、意外と皆さん、昔の羽田(とその魅力)について知らない模様。僕にとっては昔の羽田って、あの香港の九龍城のような混沌をはじめ、今だに心に生きるパラレルワールドなんですが、それを知らないでD滑走路とか言われても、魅力半減な気分です。
そこで今日は特に1974年の航空写真を元に、昔の羽田のグラウンドの混乱っぷりを紹介したいと思います。詳しくは下の写真の赤字を見て、興奮して頂きたいのですが、

Small_hnd_1974

とりわけ見所は、
・ジャンボ等大型機の台頭で不足したエプロン(駐機場)を増やすため、A滑走路を短縮して(実質潰して)、誘導路に転用。誘導路間の芝生を新たなエプロンへ。
・それでも不足するため、旧芝生のエプロンは千鳥駐機(飛行機は後退翼形状のため、向き合ってずれて駐めると場所効率が良い)。
・ジャンボを千鳥駐機すると誘導路を通る飛行機の翼と接触してしまうので、誘導路の案内線を元A滑走路のセンターラインより外側にずらす。(写真一番左側の高速脱出誘導路からエプロンへ至るオレンジ色の線のカーブに注目)
・ターミナルは拡張しすぎて九龍城化。ただ元々狭いので、ボーディングスポットは拡張できず、ほぼ旅客はバスに乗せられることに。
・そのバスや、航空貨物ですら置き場所に困り、エプロン内に白点線で囲み、無理やり場所を設けることに。
・ターミナルのB滑走路側は、中型小型専門のスポットにしたが、機種によってはB滑走路に向かう飛行機に干渉するので、斜めに駐める。
といったところです。
1974年はまだ成田が出来る前なので、国際線もあって相当混雑していた時期です。航空写真の撮影時間の関係で、駐機している飛行機は少ないですが、ラッシュ時はこのエプロンを埋め尽くしていたはずです。

なお、上記の写真で見づらい場合、またより詳細に見たい場合は、無駄に大きな画像(6571x3824 pixel)を用意していますので、ここをクリックしてダウンロードしてください。
これら写真の作成にあたっては、国土交通省「国土情報ウェブマッピングシステム」を使用しました。

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コメント

hatoさん。先日はお疲れ様でした。
ちなみに、昔の羽田空港周辺の地図。お役に立ちますやら。
私が新婚旅行に行った頃はまだこんな感じでしたなぁ。
http://twitpic.com/1m87ia

http://twitpic.com/1m873g

投稿: @kakuyodo | 2010年9月14日 (火) 23時37分

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