2010年9月23日 (木)

20年前の羽田成田や蘇我の写真

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バブルの頃の羽田エプロン。JALもANAもJAS(旧TDA:東亜国内航空)も昔の塗装。JALは2つ前の塗装だし、ANAもダヴィンチのヘリコプターマーク、JASに至ってはもう会社自体がない。遠くにぼんやりと始まったばかりの埋め立てが見える。

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モヒカン塗装の、ANA(トライスターL1011)。最近の航空機に比べると、ずいぶんずんぐりした形に見える。

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ボーディングブリッジは、確か5スポット程度しかなかった。残りはすべてバススポット。便数も今の半分程度だと思うが、今より車や人の動きが多くて眺めていて飽きない空港だった。

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JALのDC10。タラップも屋根ありと屋根なしがあって面白い。手前のバスも、新旧混ぜて使われていて、今よりも統一感がない、よく言えばバラエティのある風景だった。後ろに着陸するANAのジャンボは、旧C滑走路だと思う。この着陸ルートは、大井埠頭の上を旋回するが、今のCにくらべてはるか内陸側を通るので、急なバンクをつけてのアプローチ。羽田カーブなどと呼ばれていた。

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ボーディングスポット不足を解決するべく考えられたのであろう、バス客室がそのまま航空機の高さまで上昇して乗り込める車。こういった苦肉の策的、場当たり的な感じが、いかにも昭和っぽい。

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旧B滑走路に着陸した、JALの747。今のB滑走路より少し京浜島よりにあったので、離着陸ともに迫力が今とは大違いだった。88年か89年に沖合に現在のA滑走路が出来てからは、夏の南風時は、この真上を低高度で着陸機が通り、続けざまに旧B滑走路からの離陸が見られたこともあった。

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中華航空公司のジャンボ。当時は中国が成田発着、台湾(中華民国)が羽田発着だった。羽田からの中華航空は台湾以外にもハワイ線などがあったはず。後ろに見えるのが懐かしいターミナル地区と怪しさたっぷりの管制塔。

 

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何年か後の写真。JALやANAの塗装が現代に近くなっている。ターミナル地区の管制塔は2本あって、黒くて低い方は、昭和30年代に使われていたものが廃墟的に残っていたようだ。そして手前の運河にはいつも警戒船がいた。

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展望デッキから見たターミナルと管制塔とレーダー。使われなくなった黒い管制塔は、現役時代は見ていないが、資料写真によると白かったようだ。なぜ現役を退いて黒くなったかは不明。

 

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これは買った絵葉書から80年代の成田。当然ターミナルはまだこれしかない。DC-8が駐機していたり、滑走路脇の燃油タンクが紅白幕だったり、いろいろ古いけど、なぜか今よりも「国際空港」らしさがあった気がする。それに古くてくたびれた羽田ばかり行っていたので、この頃の成田は、すごく輝いてみえた。

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そんな時代に羽田の沖合に、突如蜃気楼のごとく現われた今のターミナル西地区。まるで未来だった。92年頃京浜島から。

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おそらく蘇我の川崎製鉄。第五高炉がこの中にあるのか分からないけど、とにかくまだ高炉が元気な時代。89年の日付が入っている。


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2010年9月14日 (火)

昔の羽田の輻輳した魅力を語る

先日の外環ツアーに参加したときに、相談所で航空写真を見ながら話していたら、意外と皆さん、昔の羽田(とその魅力)について知らない模様。僕にとっては昔の羽田って、あの香港の九龍城のような混沌をはじめ、今だに心に生きるパラレルワールドなんですが、それを知らないでD滑走路とか言われても、魅力半減な気分です。
そこで今日は特に1974年の航空写真を元に、昔の羽田のグラウンドの混乱っぷりを紹介したいと思います。詳しくは下の写真の赤字を見て、興奮して頂きたいのですが、

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とりわけ見所は、
・ジャンボ等大型機の台頭で不足したエプロン(駐機場)を増やすため、A滑走路を短縮して(実質潰して)、誘導路に転用。誘導路間の芝生を新たなエプロンへ。
・それでも不足するため、旧芝生のエプロンは千鳥駐機(飛行機は後退翼形状のため、向き合ってずれて駐めると場所効率が良い)。
・ジャンボを千鳥駐機すると誘導路を通る飛行機の翼と接触してしまうので、誘導路の案内線を元A滑走路のセンターラインより外側にずらす。(写真一番左側の高速脱出誘導路からエプロンへ至るオレンジ色の線のカーブに注目)
・ターミナルは拡張しすぎて九龍城化。ただ元々狭いので、ボーディングスポットは拡張できず、ほぼ旅客はバスに乗せられることに。
・そのバスや、航空貨物ですら置き場所に困り、エプロン内に白点線で囲み、無理やり場所を設けることに。
・ターミナルのB滑走路側は、中型小型専門のスポットにしたが、機種によってはB滑走路に向かう飛行機に干渉するので、斜めに駐める。
といったところです。
1974年はまだ成田が出来る前なので、国際線もあって相当混雑していた時期です。航空写真の撮影時間の関係で、駐機している飛行機は少ないですが、ラッシュ時はこのエプロンを埋め尽くしていたはずです。

なお、上記の写真で見づらい場合、またより詳細に見たい場合は、無駄に大きな画像(6571x3824 pixel)を用意していますので、ここをクリックしてダウンロードしてください。
これら写真の作成にあたっては、国土交通省「国土情報ウェブマッピングシステム」を使用しました。

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手羽先、メトロ6517、外環ツアー、新宿駅前風呂

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[夏の終りの秋葉]

 


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うまみ手羽先
タイ料理屋で誕生日祝ってくれた。





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6517号車で帰宅。昔の人の未来;メトロ車のMマーク=ウルトラマンの四次元怪獣ブルトンも、レトロフューチャー感を加速させる。調べたら6517号車は1972年9月6日の竣工なので、もう38年物だけどリフォームしているから内装もご覧の通りとてもきれい。さすが営団車。

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新宿




翌日は、@kakuyodo氏の案内で外環千葉区間の見学へ行った。

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高架下公園。みちのくが全然由来なさそう。




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立ち退き住宅や町工場。実に風情ある。




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うさぎの目が怖い。





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僕らの時代にももうなかったような古いそろばん塾。




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これは、工事用資材搬入トラック用の仮設の高架橋。いわば"メタ"道路。



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しかし"メタ道路"自体も、この進捗ぶり。




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京葉道路の下を通る道。狭すぎるけど、タクシーの抜け道になっているようで、ちゃんと通れる。

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外環とのジャンクション建設のために、京葉道路も路線を一時的にずらしている。だからカーブが極めて無理した感じに。


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鬼塚PAと、トイレの前のマスコット。





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京葉線で二又新町へ。これは市川塩浜での乗り換え風景。階段をダッシュして、反対車線の電車に、急いで乗り換えた。(こうしないと二又新町へ行けないのだ)





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二又新町。LED看板が表示するように、ほとんどの列車が通過する。



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この後、高谷ジャンクション建設現場へ向かったのだが、時間の関係で僕はここで引き返すことに。


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また京葉線で急いで新宿へ向かう。




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AXE「新宿駅前風呂場」開場前後の風景。この日は木口亜矢、谷桃子、小泉麻耶だった。谷桃子って、なんだか発言に年齢感じる・・・。それにしても、この企画のコンセプトというより、混乱や事故もなく新宿駅前という混雑する場所でイベントを遂行できてしまうのがすごい。特に警備とかしていなかったみたいだけど。

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今頃GRD2で撮ったものを振り返り、それとBoeing 747の追悼も。

僕はGRD2の良さが分からなくて、あまり撮らないまま安く売ってしまった。そのお金で安いフジのパクデジを買い、色あいがキレイだと喜んでいたバカ者であるが、GRD3を購入したのをきっかけに、GRD2の写真をプリントしてみたら、意外と良く撮れているので嬉しくなり、なんとなく適当に選んだものをここにアップしたくなった。やたらとジャンボジェットの写真が多いが、来年までに引退するジャンボへの哀悼の気持ちによるものであるのでご了解いただきたい。

[那覇空港、夏、夕暮]

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[那覇市]

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[那覇から東京へ]

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[千葉駅前、再開発中]Rimg0566

 

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[パーマ屋]



[大宮区]

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[上野駅]

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東京ガス基地に、LNGタンカー到着。ここから地下パイプラインを経由して、豊洲まで運ばれる。右は場所を忘れたどこかの工場夜景。

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[新宿]

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2010年8月15日 (日)

GR Digital 3の写りに感動する。

GR Digital 3を買った。本体と光学ビューファインダーとネックストラップ付で6万円台中盤。光学ファインダーGV-2は2万円以上するのだが、今回絶対外せないオプションだった。以前、GR Digital 2を使っていて手放したのはマゼンダかぶりする画質もさることながら、液晶ファインダーで撮っていたというのも大きい。やはり写真を撮るということ=世界の一瞬を切り取る行為には、たとえEVFだとしても液晶ではだめなのだ。このファインダーはGR Digitalのデザインからするとすごく邪魔だし、ファインダー内には露出をおろか、合焦距離も絞りもシャッター速度も表示されない代物なのだが、その欠点のおかげで、かえって肉眼で全てを判断せざるをえないため、写真を撮る勉強のためにはむしろよいと思う。どうしても厳密な調整が必要な場合(接写など)の時は、液晶モニターを見ることがある。当初白とび防止のためにオートブラケットで撮っていたが、どうしても作業っぽくなるので、やめて今は一枚きりとることにしている。

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今回のGR、レンズがものすごく良くなった。開口F1.9は期待以上に明るく、高感度特性の改善されたソニー製のCCDのノイズの少なさと相まって、夜祭りなど照度でも、手持ちでバンバン撮れる(1/30s, ISO400位)。

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周辺ひずみ、色収差も開放側からほとんど見られない。色に関しても、ホワイトバランス制御はCX1~2での経験が反映されたのか、きわめて新鮮な印象。逆にかつてGRブルーといわれたマゼンダが薄く入った深い青空は失われたけど、トータルでは進歩だろう。標準では輪郭強調とコントラストが強すぎると感じたので、試行錯誤の結果シャープネス-2、コントラスト-1、彩度+1を標準として使っている。

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それにしても、リコーの接写は相変わらずすごくて、レンズ前1cmまで撮れる。

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2010年8月 2日 (月)

西日本の70年代高層団地巡礼

関西旅行の合間に、前から一度この目で見たいと思っていた高層団地の有名どころを見学してきた。

 

神戸(芦屋) : 芦屋浜シーサイドタウン

1970年代後半に竣工した超高層団地。プレキャストの住戸ユニットを4階ごとに積み上げるという実験的な団地。ユニット間の階にある半屋外の共有スペースが梁をかねているらしい。階数も高いものは29階建て、その他も軒なみ20階建て以上という、70年代としては飛びぬけた超高層団地である。ここでは写真を掲載するのみとし、詳しい説明はこのサイトを参照願いたい。

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広島 : 基町アパート・長寿園

1970年代前半に竣工した高層団地。原爆投下後、広島城と河川の合間に密集した通称”原爆スラム”を一掃(クリアランス)するために建てられた。高さ20階程度で、構造も芦屋シーサイドタウンほどの実験性は見られないが、当時としてはかなり前衛的な思想が垣間見られる団地。各団地は”コア”という概念で区別されている。詳細についてはこのサイトを参考願いたい。

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«仕事で損失20億円と孫請のセンチメンタリズム。